徒然。

理想と現実と

『この世界の片隅に』感想

※ネタバレ注意※

 

終戦記念日ということもあって、見た。一言で言ってとても素晴らしい映画だと思ったし、節々にMAPPAっぽさがあってとても良かった。

以後思ったことをただひたすら書き連ねていく。

 

私は「普通」をきめ細やかに描いている作品が大好きなので、この映画もすごく好き。劇中にも何回か「普通」という言葉が出てきていたので、私はこの映画のテーマを「普通であること」だと感じたし、その普通がいかに難しいかを描いた映画だと感じた。

そういう意味で主人公はすごく「普通」の女の子だ。絵が上手いことが取り柄の普通の子。そして普通の女の子が普通の家庭に嫁いで、他の家と同じように、「普通に」貧しくなっていく。

そして同時にこの物語では「普通」から外れていった人たちからどんどん亡くなっていく。「普通」から外れる人たちというのは、私の解釈では「日常よりも戦うことの優先度が高くなってしまった」人達のことだ。まず兄が亡くなり、哲が亡くなり、そして晴美が亡くなる。

晴美はまだ幼い子だが、あの子は最初から「普通」ではなかった。学校で戦争について好意的に学んだのだろう。将来は軍人になると言ったり、軍艦に異様な興味を示したりしており、あの家族の中で異質な存在だった。

いや、むしろ軍事関係の仕事に就いていながらあまり戦争に興味がなさそうで、かなり戦況を冷静に見ている義父と、いつも「必ず帰ってくる」と約束してどこかに行く旦那こそ、あの状況下では異質で、そして状況には惑わされない「普通」を持っている存在だと思った。

 

それから、もうひとつ、義姉と主人公の対比がかなり面白かった。常に自分で選択し、それで得たものを失う義姉と、常に与えられて生きてきて自分で選んだものもほぼ手元に残っている主人公。主人公が自分で選んだものは旦那と居場所だが、それは既に与えられたものを「捨てるか捨てないか」の選択において「捨てない」を選んだに過ぎない。

さらに旦那を選んだ時、つまり哲と夜伽をさせられそうになって断った時、主人公に「捨てられた」哲は死んだし、居場所を選んだ時、つまり呉か広島か迷って最終的に呉を選んだ瞬間に、主人公に「捨てられた」広島は原爆によって跡形もなく消えた。残酷な話だ。義姉が選択によって失う人だとしたら、主人公は選択によって他方をなくす人なのだろう。

選択ついでに、最後の演出は一瞬「これまでのこと全部夢オチ」みたいな終わり方をするのかとヒヤヒヤしたけど、そんな安い感じじゃなくて良かった。「もし左手に繋いでいたら」晴美はどうなったかという、別の選択の結果を見せるいい演出だった。主人公の人生は「絵」で埋め尽くされており(空襲が来た時に絵の具があったらと思ってる時点でかなり重症である)、文字通り「絵命」という感じだったので、「絵」か「命」かどちらかを捨てる選択の上に無意識に命を選んだということなんだろう。

 

現代に生きる私はむしろ義姉の視点で主人公を見てしまいがちだった。主人公は常にどんくさくヘラヘラしてて今居たらおそらくかなり腹が立つだろうが、その一方で優しくおおらかで憎めない存在なので多分一緒にいるうちに好きになってしまう。でもそのどんくささゆえに自分の娘が犠牲になったのなら、やはり簡単には許せまい。最初の方で義姉に言われた「広島に帰ったら?」の台詞がここで主人公に効いてくるのがニクい。遅いよ。

 

とまぁ、なかなか物語として楽しめました。いつもすぐ泣く私ですが、今回はあまり泣きませんでした。でもそれが良かったな。泣かせるぞみたいな感じじゃなくて。

 

今日くらいはこの世界のあちこちで亡くなった人に思いを馳せながら生きていたいですね。もう二度とこんなことが起こらないように。